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静岡県
■ 貞松山 蓮永寺  静岡県静岡市静岡市葵区沓谷2-7-1
六老僧のひとり、日持上人を開山なし、創立は1274年とも1283年とも言われている。日持上人は、のちに東北・北海道への伝道に赴き、中国大陸へ布教に出立したと伝えられます。
徳川家康の側室、お万の方様が無住同様となった霊跡の荒廃を嘆き、1615年駿府城鎮護の道場として、城の艮(うしとら・東北)の方向にあたる現在地に再興されました。
通称、みまつの蓮永寺と親しまれています。お万の方様が帰依された日遠上人銘文によるお万の方・逆修供養塔が現存します。

※2016年2月11日 参拝


■ 青龍山 本覚寺  静岡県静岡市静岡市駿河区池田1379
白塀と大クスが有名な、山内八力坊を擁した「駿河の見延」と呼ばれています。開祖の日位上人ははじめ、六老僧の日持上人に師事したが、のちに日蓮大聖人の
直弟子となりました。日位上人は祖母にあたる妙位日禅尼に養育され、日禅尼は篤信の人で深く日蓮大聖人に帰依し、伊東に流罪中の大聖人を訪ねたり、身延在山中に
しばしば登詣した。日蓮大聖人は日禅尼の篤志に感じて、「盂蘭盆御書(うらほんごしょ)」と「十界曼荼羅己心本覚本尊(じっかいまんだらこしんほんがくほんぞん)」を書いて
授与された。この本尊にちなんで本覚寺と号しているそうです。
御首題帳をお願いにあがると、本堂の鍵を貸していただけ、本堂の中でお詣りすることができました。

※2016年2月11日 参拝


■ 龍水山 海長寺  静岡県静岡市清水区村松299
852年開創でもとは天台宗の古刹だった。1011年、中老僧日位上人この地で日蓮宗を布教。その際、峨岳寺の住持・慈証と法論を行い、慈証はその理に伏し
日受と改め、日位上人を開山に仰ぎ龍水山 海上寺と号した。後に徳川時代に入り、海長寺と寺号を改めた。徳川家康は、甲斐の武田を攻略し、武田家の残徒・今福丹波守
の襲撃を受け、追われて当山の椿樹(ちんじゅ)の陰に隠れたといわれ、これにより徳川家と深い縁が通じたといわれています。三葉葵のの定紋はそれを伝えています。
お詣りした際に、こちらの貫首さまが2月から池上本門寺の貫首さまになられると聞きました。

※2016年2月11日 参拝


■ 船守山 蓮慶寺  静岡県伊東市川奈759-1
俎岩(まないたいわ)に置き去りにされた日蓮大聖人を救った船守弥三郎の屋敷跡と言われているそうです。ここには、船守弥三郎夫妻のお墓もあります。

※2016年2月10日 参拝

■ 御岩屋祖師堂  静岡県伊東市川奈
伊豆法難に遭われ、俎岩(まないたいわ)に置き去りにされた日蓮大聖人を、漁師であった船守弥三郎夫妻が助け、自分の漁具置き場に使っていた
岩屋(洞窟)にかくまっていました。御岩屋祖師堂は、その洞窟の前に建てられています。川奈港の側に位置しています。

※2016年2月10日 参拝


■ 経王山 妙法華寺 (本山 由緒寺院) 静岡県三島市玉沢1
日蓮大聖人の六老僧第一の日昭上人によって、およそ700年前の鎌倉に建てられ、その後、今から350年ほど前に当地に移転大成したそうです。
この移転に尽力されたのが、徳川家康公の側室で水戸光圀公の祖母にあたる養珠院(お万の方)ほかの方々と言われています。境内およそ2万坪と広大であり、
四季折々の花が絶えないそうです。

※2016年2月6日 参拝


■ 大成山 本立寺 (本山 由緒寺院) 静岡県伊豆の国市韮山金谷268-1
伊豆に流されていた日蓮大聖人が、十六代当主江川太郎左衛門英親に招かれ教化を行ったところと言われています。その際、英親は身延山へ登り
日蓮大聖人より「日久」の法号を与えられたそうです。徳川幕府の代官であった江川氏の菩提寺でもあります。江川英龍の石像もありました。

※2016年2月6日 参拝

■ 東光山 實成寺 (本山 由緒寺院) 静岡県伊豆市柳瀬353
六老僧の一人、日興上人の門弟日尊上人を開山としています。日尊上人は宮城県の県北に位置する登米郡の生まれです。私も仙台が実家なので同じ宮城県ということで同郷です(笑)。
日興上人という方はとても厳しいお方と見受けられ、日興上人が「註󠄀法華経(ちゅうほけきょう)」を講じている際に、日尊上人は庭前の梨の木から散る落ち葉をチラリと目を移した瞬間を
捉え、妙法の聴聞を疎かにしたということで破門になってしまったそうです。その後日尊上人は日興上人から許されるまでの12年間、諸国を回って法華経を広めたそうです。
祖国布教の第一歩として最初に建立されたのが、ここ、實成寺ということです。


※2016年2月6日参拝

■ 海光山 佛現寺 (本山 霊跡) 静岡県伊東市物見が丘2-30
伊豆法難ゆかりのお寺です。日蓮大聖人が海で置き去りにされた「俎岩(まないたいわ)」の旧跡があります。伊豆法難とは、鎌倉の由比ヶ浜から流され、伊東の沖合の
岩場「俎板」に置き去りにされた日蓮大聖人は、打ち寄せる波の中、御題目を唱え続けると、船守弥三郎が小舟で通りかかり、日蓮大聖人を川奈にかくまい、親身になって
お仕えしました。大聖人は原因不明の病に冒されていた地頭の伊東祐光にお預けの身となられましたが、その熱病を治したことから祐光が帰依、海中出現の立像釈迦を献上しました。
この尊像を大聖人は隋身仏として生涯奉持されたそうです。(日蓮宗本山めぐり より)

※2016年2月6日参拝

■ 岩本山 實相寺 (本山 霊跡) 静岡県富士市岩本1847
日蓮大聖人は、ここ實相寺の一切経蔵に2年籠もり「立正安国論」を草稿た名刹です。日蓮大聖人が法華経の弘通活動を初めて間もなくの頃、異常気象や地震がおこり、
疫病が流行って天地が乱れていたため、その原因と対策を究明するために實相寺の一切経蔵に入蔵して閲読し、災害から諸人を救済する方策を
「立正安国論」に纏めました。元々天台宗のお寺でしたが、日蓮大聖人入蔵のおり、学頭智海法印が帰依して日源の名を賜り、全山あげて日蓮宗に転じました。

※2015年12月23日、2016年6月4日、2017年4月15日 参拝
       

■ 富士山 久遠寺 (本山 由緒寺院) 静岡県富士宮市小泉1649
祖山である身延山 久遠寺と分けるため、「富士山 久遠寺」と呼ばれることが多いそうです。富士山久遠寺の手前200mくらいには黒門があり、ここから富士山を望む
ことかできます。開山は日興上人の門下である日郷上人です。宗祖日蓮大聖人、二祖日興上人、三祖日目上人と続き日郷上人は第4代にあたります。
久遠の大太鼓、宗門随一の太鼓と呼ばれる、直径1m40cm、1トン200kgの大太鼓が保存されています。今回はお目にかかることはできませんでした。
静かな佇まいの落ち着いた感じのお寺さんです。

※2015年11月29日、2016年6月4日、2017年4月15日 参拝
※2016年6月4日追加      
     

■ 富士山・北山 本門寺 (大本山 霊跡) 静岡県富士宮市北山4965
富士山・北山 本門寺は、日蓮大聖人の六老僧のひとりである、日興上人が開創されたお寺です。静岡県の駿東地方に分布する富士五山のひとつです。
正式名称は法華本門寺根源、山号は富士山です。
御霊宝は、御影堂に安置されており、六老僧日法上人の彫刻の生御影尊像で六老僧日朗上人が当山に登られたとき、この御影を排し、
「我が師は、いずれにおわすかと思いしに当寺におわせしか」
と御影の肩に抱きついて泣かれしと伝えられているそうです。また、日興上人が杉苗を御題目の7字にあやかり、7本植え、本門寺根源を祝福されました。台風や落雷の被害にあい、
現在は7本中3本を残すのみとなっているそうです。

※2015年11月29日、2016年6月4日、2017年4月15日 参拝
       

■ 延兼山 妙立寺 (別格本山 由緒寺院)  静岡県湖西市吉美2745
1386年、日什上人が開かれたお寺です。浜名湖の西側にあります。約600余年前の秋、開基檀越、佐原常慶、内藤金平両氏公用の旅の途中、府中(現在の静岡県磐田市見付)の
宿で図らずも、正法、法華経弘通中の日什上人の御説法を聴聞し、深く感ずるところがあって、湖西の地に招請し村民をして法雨に浴せしめ明くる年、妙立寺を建立する縁起が結ばれた
そうです。(いただいた縁起より抜粋)


※2016年8月6日参拝

■ 本立山 玄妙寺 (本山 由緒寺院) 静岡県磐田市見付2440-1 
12箇所ある静岡県内の本山の最後です。妙立寺と同じく、日什上人により建てられました。お詣りに際しては事前に電話を入れるようにしているのですが、午後であれば
貫首さまがいらっしゃるとのこと。とても親切に応対いただきました!これにて静岡県コンプリート!


※2016年8月6日参拝